ramura dash
kogure:

Instagramの写真からiPhoneケースが作れるCasetagramが届いた!これはいいもの!! (Taken with instagram)

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applearts:

(via 海外おもしろ画像まとめ その1 - NAVER まとめ)

「飛ばねぇプログラマーはただのプログラマーだ」(紅の豚)

「夢だけど、バグじゃなかった!」(となりのトトロ)

「見ろ!人員がゴミのようだ!」(天空の城ラピュタ)

「前は何も考えられなくなって、飛べたの」(魔女の宅急便)

「40秒でコミットしな!」(天空の城ラピュタ)

「ようやく守らなければならないものができたんだ。納期だ」(ハウルの動く城)

「ポニョ、ソースコード!好きー!」(崖の上のポニョ)

「ヤな部長! ヤな部長!! ヤな部長!!!」(耳をすませば)

「黙れ小僧!お前にサンが救えるか?」「わからない。だが、オラクルと共に生きることはできる!」(もののけ姫)

「逝ってしまわれた…」(風の谷のナウシカ)

「違う部署で働かせてください!」(千と千尋の神隠し)

「変数名を大切にしないやつなんて大っ嫌いだ!」(ゲド戦記)

「あの子を解き放て!あの子はプログラマーだけど人間だぞ」(もののけ姫)

「心配しなくていいよ。僕が見守ってあげるからね。手伝わないけど」(崖の上のポニョ)

「腐ってやがる。納期が早すぎたんだ」(風の谷のナウシカ)

「あのモニタの向こうに見たことのない妖精さんが浮かんでいるんだ…」(天空の城ラピュタ)

「ほら、コンパイルできない…」(風の谷のナウシカ)

「部長の石頭は、親方のHDDよりも固いんだ」(天空の城ラピュタ)

「部長のバカ!もう知らないっ!」 (となりのトトロ)

「プログラマー殺し」(となりのトトロ)

「なんでプロセス、すぐ死んでしまうん?」(火垂るの墓)

――「女子力」という言葉がありますよね。曖昧な定義の言葉ですが、同じ年齢だったら、アラサーちゃんとゆるふわちゃんはどっちが女子力高いと評価されるわけでしょうか。

峰 それはゆるふわちゃんでしょうね。たとえば、男の人には気づかれないけど女同士だったらわかるぶりっ子っていうのがあるんです。それもアラサーちゃんはやらないんですよね。恥ずかしいですし。けどゆるふわちゃんはそこらへんの恥は捨ててやるタイプなんです。そこらへんはむしろ男気を感じるんです、ゆるふわちゃんに。そういう意味での女子力はゆるふわちゃんは高いと思います。

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izabelx2:

Ben, Melbourne

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 ふと思った事。

 例えば、自分が興味のない趣味、個人的にはパチンコであったりバイクであったりタバコであったり。そういうものに対する情報って、基本「悪い情報」の方が多く入る。だからこそ余計に「自分が理解できない趣味=悪」 に仕立て上げやすい。

 例えば、私は以前はAKB48にまったく関心がありませんでした。むしろCDを無理やり買わせる商法とか、TV局のゴリ押しプロモーションなど、メンバーの名前を誰一人言えない程度の知識の癖になんとなく嫌悪し、忌み嫌っていました。

 しかし、今、週刊少年マガジンで連載しているマンガ「AKB49~恋愛禁止条例~」を読み、これがマンガとして熱い!面白い!そうすると、現実の彼女たちを見る視線も自然と好意的なものとなり、TVや雑誌などで活躍している姿に「がんばれー」と応援したくなるような。

 これって自分が秋元康に騙されている、とは思わないんです。むしろ、知識がまったくない状態で悪評ばかり先に耳にしている状況の方が、世間の風評に騙されている、とは思わないか?そして、そのマンガのおかげで現実の彼女たちがあの場所(ステージ)に立つための努力とか、熱意ってのはマンガとしての誇張はあれど、楽をして上り詰めたものではないと。

 世の中の趣味は市場として成り立っている理由は「それを深く知っている人」が楽しんでいるから。だからこそ、安易に知らない人間が世間の風評で悪い情報だけを集め、第3者的立場と称して語るのは「何も知らない」のと同じで。

 自分だって、ゲームを遊ばない人間やマンガやアニメを見ない人間に「あんなものはくだらない」と言われたくない。それと同じことを他の趣味にしてはいないか?そう常に思ってます。
皆が皆、課長になり、主婦になり、家を持ち、子ども二人を大学まで行かせる。
そんな時代は確かに終わりつつある。
最低限の経済的な自立をして、仲間たちと相互承認しながら、ゆるく生活していく。
そんな「村々とした」人生は、低成長時代の賢い生き方かもしれない。
ただ、この生き方も皆が皆、簡単に出来るわけではないと思う。
趣味を通じたコミュティに入ることよりも、
愚痴をいいながら終電まで仕事をやるほうが、実は充実感がある。
そんな人も少なくないのではないか。
かくいう私も、友達とモンハンだけではノイローゼになってしまいそうだ。

ゆるい生き方は、けっこう才能がいる生き方だと思う。
ゆるく生きられないがゆえ、何かに埋めてもらわないとやっていけない。

Amazon.co.jp: カスタマーレビュー: 絶望の国の幸福な若者たち (via chiisanaehon)

古市氏の本を読んで思うことはまさにこれで、ぬるま湯ばかりではいつか風邪をひいてしまうということかな

(via cole107)